長身で関西弁、巧みな話芸が持ち味の、千原ジュニアさんは、実のお兄さんである、千原せいじさんと、お笑いコンビ「千原兄弟」を、組んでいらっしゃいますよね。

自由奔放で物おじしない、兄・千原せいじさんとは対照的に、千原ジュニアさんは常識人で、人見知りのイメージがありませんか?

でも、大阪を本拠地としていた若手時代には、「ジャックナイフ」との異名を持つほど、尖っていたんですって。

しかも、バイク事故により、容貌が変わってしまいましたが、事故前はかなりの強面だったとか。

それに、外見だけでなく、性格も丸くなったそうですよ。

千原ジュニアさんの、外見も内面も変えた事故って、いつだったのでしょう?

そして、場所は??

今回は、千原ジュニアさんの事故に、スポットを当ててみましょう!

千原ジュニアさんって、どんな人?

本名及び旧芸名   千原 浩史(ちはら こうじ)
生年月日 1974年3月30日(43歳)
出身地  京都府福知山市
血液型  O型
身長   180cm
最終学歴 京都共栄学園高等学校中退

子供の頃から、友達とつるんで、「悪さ」をしていた、千原ジュニアさん。

その容貌も相まって、周囲のイメージは、とても悪かったようです。

そんなイメージを見返すべく、千原ジュニアさんは、たった3ヶ月の受験勉強の末、見事、中高一貫の私立中学に、合格しました!

すごいですよね!!

千原ジュニア、芸人になる!

ただ、千原ジュニアさん自身は、勉強が好きだったわけではなく、中学受験はあくまでも、「周りを見返す」ことが目的。

その後、私立中学に馴染めず、登校拒否・引きこもり生活を始めます。

なんとか、高校に進学したものの、全く行かない日々。

そんな時に、「お前、何もせんと、家におんのやったら、俺、吉本にいてるから来いや」と、声をかけたのが、兄・せいじさんです。

そして、兄・せいじさんに、言われるがままに、ネタを作って、NSCの生徒の前で披露したところ、なんと、大爆笑が起きたそうです。

この時、ジュニアさんの体中に、電気が走った感覚になり、お笑い界で闘っていくことを、決意した結果、高校を2ヶ月で、中退したんですって。

コンビ結成は、1989年6月で、もちろん相方は、兄・せいじさん。

ジュニアさん、15歳での芸人デビューでした。

運命の事故は、いつ?そして、場所は??

お笑いコンビ「千原兄弟」は、大阪の若手芸人として、絶大な人気を誇り、千原ジュニアさんは若干18歳で、「大阪若手芸人のカリスマ」となりました。

そして1996年、満を持して、上京しました!

しかし、東京ではなかなか、売れなかったそうです。

そんな中、2001年3月26日、運命の日が訪れます。

その日は、出演依頼が来た、番組からの事前アンケートを書き上げ、夜遅くに、愛車のバイクで、帰宅していたそうです。

そして道中、一台のタクシーと衝突寸前になります。

場所は、公表されていないようです。

瞬間、「(バイクを)倒した方が安全やけど、もう1回タンクに(オイル)入れなあかんな」という考えが、ジュニアさんの頭をよぎり、倒さずにいったところ、猛スピードのまま、ガードレールに激突!

顔面が直接、石柱に激突し、「鼻がグシャってなった」のが、ジュニアさんにも、分かったそうです。

更に、顎は真っ二つに割れ、左頬と前頭骨を骨折、おでこの神経は切断。

しかも、眼球の受け皿である、眼窩低と内壁を、骨折したことにより、眼球がだらんと下がっていたそうです。

もう、想像の域を、軽く超えていますよね。

ただ、相当な大事故だったことは、明らかです。

ジュニアさんが目を覚ましたのは、事故から4日目の3月30日で、奇しくも、ジュニアさんの27歳の、誕生日だったそうです。

この時、ジュニアさんは、全身に管が通され、顎を固定するため、奥歯が針金で止められていた状態でした。

しかし、脳にも脊髄にも損傷はなく、後遺症の可能性は低いと言われていたそうですよ。

大事故ではありましたが、運が良かったのでしょう。

しかし、顔の左半分が、壊滅的なダメージを受けていて、元に戻すのは不可能との事。

結果、割れた顎を固定するためなどで、計12枚ものチタンプレートを、顔に埋める大手術を受けたそうです。

最終的には、あの有名な「高須クリニック」の高須院長が、直々に手術を行って、ジュニアさんは今の容貌となったそうです。

また、入院中には、多くの芸人仲間が、ひっきりなしに、お見舞いに訪れたといいます。

そして、相方であり、実兄のせいじさんは、お見舞いには来ず、ジュニアさんが戻ってくる場所を、死守するがごとく、舞台に立ち、一人でライブを続けていたそうです。

ジュニアさんは、この大事故を経験したからこそ、周りの人々の温かさを再確認し、もう一度、お笑いの表舞台に立ちたいと、心の底から思ったそうです。

大変な事故でしたが、そのおかげで、人相だけでなく、人柄も丸くなったのですね。